Japanese Language Test JLPT 2000 2kyuu Dokkai Bunpou 3
問題用紙
2000 2級
読解・文法
(200点 70分)
問題Ⅲ 次の(1)から(6)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを1,2,3,4から一つ選びなさい。
(1) 我が家では「バカ」という言葉を使ってはいけないという禁止令を出しました。何気なく(注1)口に出していた言葉、ついつい(注2)使ってしまいます。ある時「バ」まで言ってから気がついて、子供はその後「……ビブベボ」。私は「バ……バン、バン、バン」と続けてごまかし(注3)ました。起こっていた気持ちが笑いに変わりました。
(1999年2月14日付「毎日新聞」の投書による)
(注1)何気なく:何となく
(注2)ついつい:うっかり
(注3)ごまかす:失敗を別のことで目立たなくする
問(1) 「『バ』まで言ってから気がついて」とあるが、どんなことに気がついたのか。
1.「バビブベボ」と「バカ」は同じ意味になること
2.「バカ」という言葉を言ってはいけなかったこと
3.筆者が「バカ」という言葉をよく使ってしまうこと
4.「バン、バン、バン」と言えばみなが楽しくなること
(2) ぼくは、こどもの頃から、たいへん、ひとみしりをする質(注1)で、ひと前に出るよりは、ひとりきりで(注2)いた方がいい。学校の教室などでも、ハイ、ハイと手を上げて、われ先に(注3)自 分の意見を言える子たちを見ても、ぼくにはとてもあんなふうには真似できない。だから、自分のことを、なかなか他人に伝えたり、分かってもらえなくて、悲 しい思いや、傷ついたりすることも多く、ああ、なんて、ぼくは損な性格に生まれついたんだろう、と我が身が腹立たしく、くやしく思ったことも一度ならず あった。
(大林宣彦「きみが、そこにいる」PHP研究所による)
(注1)質:性質、性格
(注2)ひとりきりで:ひとりだけで
(注3)われ先に:ほかの人より自分が先になって
問(1) 「ひとみしりをする質」とあるが、どんな性格か。
1.大勢の人の前で積極的に意見が言える性格
2.人の真似が上手にできなくてくやしがる性格
3.思っていることを他人に伝えるのが苦手な性格
4.すぐに腹を立てて、人を傷ついてしまう性格
(3) 日本人は、水をめぐって古くから争ってきた。日本に比較的雨が多い国なので、水には不自由していないはずである。しかし、日本の川は流れが速くて利用が難 しく、地下水が出るところも限られているため、水を得るには大変な苦労が必要であった。水がないために、米はもちろん、作物さえもほとんど作れない地方も あったのである。この事情は、基本的には現在も変わっていない。大きな川がない市や町では、となりの市や町に、金を払って水道の水を分けてもらっている。そのため、住む場所によって、水道料金には大きな開きが見られる。
問(1) 「この事情は、基本的には現在も変わっていない」とあるが、この事情とはどのようなことか。
1.水を得るためにしばしば争いが起きるということ
2.日本は雨が多い国なので水が豊かであるということ
3.水を手に入れるのは簡単なことではないということ
4.水が不足していて米や作物を作れないということ
(4) 昔、モンシロチョウ(注1)で実験してみたことがある。ケージ(注2)の地面にいろいろな色の大きな紙を敷き、チョウがどの色の紙の上をよく飛ぶかを調べたのだ。やはり緑色の紙の上を、もっとも好んで飛ぶようであった。なるほど、チョウは緑色であれば紙でもいいのだな、とぼくは思った。
けれどこれは、チョウチョにはたいへん失礼な思いちがいであった。ほんものの草を植えた植木鉢をたくさん並べたら、チョウは緑色の紙など見向きもせず、ほんものの草の上ばかりを飛んだのである。
(日高敏隆「猫の目草一緑なら自然か?」『波』1998年6月6月号 新潮社による)
(注1)モンシロチョウ:ここでは「チョウ」「チョウチョ」もモンショロチョウを指す。
(注2)ケージ:鳥などを入れるかご
問(1) 「これは、チョウチョにはたいへん失礼な思いちがいであった」とあるが、どんな思いちがいをしたのか。
1.チョウチョは色の区別だけでなく紙と植物の区別もできないと思ったこと
2.チョウチョは形の区別はできるが、色の区別まではできないと思ったこと
3.チョウチョは色の区別はできるが、紙と草の区別はできないと思ったこと
4.チョウチョは色だけではなく形までも区別することができると思ったこと
(5) NHK放送文化研究所では、1973年から5年ごとに、生き方、家族のあり方、政治、宗教、社会正義(注1)といったことについて、日本全国の16歳以上の男女約5400名を対象に面接調査を行っている。
この調査の中に、「人のよって生活の目標もいろいろですが、リストのように分けると、あなたの生活目標に一番近いのはどれですか。」という質問がある。回答者は次の四つの中から答えを選ぶことになっている。
1. その日その日を、自由に楽しく過ごす。
2. しっかりと計画を立てて、豊かな生活を築く。
3. 身近な(注2)人たちと、なごやかな(注3)毎日を送る。
4. みんなと力を合わせて、世の中をよくする。
下のグラフは、この質問について1973年と1993年の結果を比べたものである。ここでは、回答の1と3をまとめて「現在中心」(グラフでは•)、2と4をまとめて「未来中心」(グラフでは)としてある。
Ⅰ―2図 生活目標―「現在中心」・「未来中心」(年層別)
(注1)社会正義:社会のために正しい行いをすべきであるという考え方
(注2)身近な:身の回りの
(注3)なごやかな:気楽でおだやかな
問(1) 73年と93年を比べると、30歳代から40歳代についてどのようなことが言えるか。グラフと説明が合っているものを選びなさい
1.73年では「未来中心」の生き方を目指す人が多いのに対し、93年では身近な人たちと自由に楽しく過ごそうとする「現在中心」の方が多いことから、今の生活を大切に考える傾向が強くなってきたことがわかる。
2.73年では「現在中心」の生き方を目指す人の方が多いのに対し、93年では豊かな生活を目標にしてみんなと力を合わせていこうとする「未来中心」の方 が多いことから、将来の生活を大切に考える傾向が強くなってきたことがわかる。
3.73年と93年のどちらも、今を楽しく生きられればそれでいいという「現在中心」の生き方が、将来のために努力しようという「未来中心」の生き方より重視され、今の生活を中心に考えていることがわかる。
4.73年と93年のどちらも、将来のために努力しようという「未来中心」の生き方が、今を楽しく生きられればそれでいいという「現在中心」の生き方より重視され、将来の生活を中心に考えていることがわかる。
(6) いつのころからか、「若い人になにをのぞむか」とか「どのように生きてもらいたいか」というような質問をされるようになりました。
はじめは当惑(注1)しました。お前はもう若くないんだ、と不躾けに(注2)いわれたような気がして、ちょっと対応(注3)が乱れたりしましたけど、まあ、いまはそんなことをいいたいのではない。
そういう質問をされて、自分が長いあいだ、人に「どう生きて欲しい」などと願ったりすることから遠いところにいたんだな、ということに気がついたのです。だいたい、若い人にどう生きて欲しいなんていってみたって、いうことをきく人がいるものかと、自分の若いころをかえりみて(注4)、そう思うし、多少は影響をあたえうるかもしれない自分の子どもにたいしても、ほとんどそういうことは願わずに生きてきました。
(山田太一『ふぞろいの林摛たちへ』岩波ブックレットによる)
(注1)当惑する:どうしてよいかわからず、困ってしまう
(注2)不躾けに:相手の気持ちを考えず、失礼な態度で
(注3)対応が乱れる:すぐにきちんとした答えができない
(注4)かえりみる:思い出しみる
問(1) 「気がついたのです」とあるが、筆者はどんなことに気がついたのか。
1.「若い人にどのように生きてもらいたいか」というような質問を、自分はされたくないと思っていたこと
2.「若い人にどう生きてほしいか」というような生き方についての話をする年齢に、自分がなっていたこと
3.もう若くはない自分が若い人に人生について語っても、聞いてくれる人はいないと思っていたこと
4.自分の子どもを含めて若い人にどう生きて欲しいかということを、今まで望んだことがなかったこと